夜中、家にキチガイが来た話

一時半を過ぎたか過ぎないかくらいのことだった。突然外からアスファルトを駆ける音とともに男の叫び声が聞こえてきた。
また酔っぱらいが騒いでんだろうなあとさして取り合うこともなく食事の続きをしていると、次第にその声が近づいてきて、家の前まで来たことが分かった。
さすがに怪訝に思っていると、更には自転車を蹴飛ばすような音、家の前に駐車場があるのだが、そこにある車のドアを強くガチャガチャと引くような音までがしだした。
カーテンを開けて外を見る勇気はないので窓のほうへと耳を立てていると、その男と思われる人物が今度は玄関のドアを無理矢理に何度も引き始めた。
階下からガチャガチャガチャガチャと大きな音が聞こえ、これは酔っぱらいではなく、精神錯乱した奴だと直感し、激しく恐怖しながらも自らを奮い起こしすぐに階下へと向かった。
玄関の前に着くと、ドアの磨りガラスの窓越しから男が、体を押しつける形で強引にドアを開けようとしているのが分かった。
その明らかに異様な光景を前に僕も冷静さを失ってしまい、
「なんだてめえ!!なんの用だよ!!」
と勢い任せに声を上げた。
するとその男が、
「助けてください!追われてるんです!家に入れてください!」
と言い始めた。
しかしあからさまに怪しく、得体も知れぬ男を家に上げる勇気もなく、やや逡巡していると兄と母も何事かと起きだしてきた。
それで少し気持ちを落ち着かせると、男が
「警察を呼んでください!」
というので、じゃあ警察を呼べばいいんだなと返し、そのまま警察に通報。
何度かの呼び出し音の中で通報という行為自体に非現実感を覚えているとすぐに電話がつながる。
すぐ来てほしいにもかかわらずこちらの名前を聞いてきたりと警察のほうで様々に質問をしてきて通報が完了する頃には3分弱が経過していた。
実際に通報にかかる時間はこんなものなのかもしれないが、かえって冷静を装いすぎたのも良くなかったのかもしれない。
そうしたやり取りをしてる間にも、家の外に耳を向けていると、本当にもう一人の男が来たのか、先ほどのように錯乱した声は聞こえなくなり、カーテンを完全に締め切っていたので詳しくは分からないが、二人で会話をし始めたようだった。
だが、よくその話の内容を聞いていると、もともと助けてと言っていた男の声が聞こえなくなってることに気づいた。
まさか本当に誰かに追われていて殺されてしまったのかと不安感と同時に一気に緊張感が高まりながらもどうにか状況を把握しようと続けて話し声に耳を凝らしていると、そのもう一人の男が電話をし始めたようだ。
会話の内容はハッキリ言って支離滅裂で、正直内容は覚えていない。しかも急に道路側に向かって、ユキちゃんと女性を呼んでみたりと明らかに異常で、その後も電話と思われる行為をしながら家の脇に行ってみたりと庭を歩き回っていた。
その時点で10分くらい経っていたのだが、仮にチンピラやヤクザの類だとすると、人の家の庭に10分以上とどまり続けるというのはとても普通の判断だとはいえず、これはやはりただの気違いなのではないかと推し量られた。(とても「ただの」とは言えないが)
一方その段階でまだ警察が到着せず、我慢できずに兄が再度通報し、もう5分10分経ったところでやっと警察が到着。
そこでようやく一息つけることになり、警察と男の間で一悶着あった末パトカーに乗せられて警察へと連れて行かれた。
到着した後、少ししてからカーテンからそっと見ると、パトカーは3台、5,6人体制で来ていたようだ。
その後残った警察の方から簡単に聴取を受けて、経緯の説明や質問があり、それが終わると帰っていった。
具体的にその男がなんだったのかはまだわからないが、話しぶりや聞こえてくる無線からするとやはり精神錯乱者ということで、そして一人らしい。
詳しい事情説明があるのかどうかは現時点では不明だが、何かあったらまた書いてみたいと思う。
ちなみに仮に男が家に来る途中犯罪行為を行なっていた場合、警察へ出向いて事件関係者ということで事情聴取をすることになるそうだ。しかも素直に無職とぶっちゃけてしまった僕。最悪である。
警察のほうにはもっと早く来てくれとか、連れて行ったならすぐに報告に来て安心させてくれとかまあ文句を覚えないこともなかったが、むしろこんな夜中にご苦労様ありがとうという気持ちのほうが強い。
というわけでそれほど大した話でもなかったが、非常にゾッとしたことがひとつある。
うちは兄が夜遅く帰ってくることがあり、そういう日は玄関の鍵は開けっ放しになっている。
あるいは夏であれば、玄関をサッシだけ閉めて開け放しということもあった。
そしてその開けっ放しになっていたのがたまたま昨日で、もしその男が昨日来ていたら一体どうなっていたのだろうか。