夏へのトンネル、さよならの出口

・良い作品だったし好きだと思ったけど、いや好きだからこそここがこうだったらってところがたくさん出てきてしまった。心理的虐待をする主人公の父親、クラスメイトを殴りつけるヒロイン、序盤の2つのシーンからカオルとあんずの不安定さが顕になるとともに破滅的な展開までも予見され、更にはウラシマトンネルの不穏さも相まって一気に画面が引き締まり「おおっ」となったのだけど、実際には緊張としてもインパクトしてもここがピークになってしまっていた。そこからはベタに二人が仲を深めていき、あんずも案外普通の女の子だし、クサい恋愛描写もあったりでほぼ波乱無く物語が進行していく。序盤の2つのシーンには一定のリアリズムを期待させられるところもあったんだけど、妹の出来すぎた感じに代表されるようにそうでもなかった点も肩透かしを食った。そしてカオルがあんずの家を訪れて漫画の才能があることが分かるシーンに至って、過去との訣別が作品テーマであることがはっきりと示され、ハッピーエンド以外の可能性は消えていった。

・破滅フラグのラストチャンスがあったとすればウラシマトンネルに向かう前日、あんずの漫画が出版社に認められたことを報告する場面で、ここでカオルがあんずとの隔絶を感じて暴走しないかなとちょっと期待したのだけど、ここに来て急に暴走するわけもなく順当にあんずだけ残して一人ウラシマトンネルへと入っていく展開となった。カオルにしたってあんずを慮れるまともな人間として描かれてきており破滅ルートに突き進む展開はそもそも無かったんだろうな。そう考えてみると序盤の2つのシーンに抱いた不安定な印象から二人にはもっとズブズブの依存関係になることを強く期待していたことが自分の中で浮き彫りになった。自分のために相手が存在する独りよがりで危ういバランスの上に成り立つ関係性。それが一度壊れることで何かが生まれるような物語が見たかったんだろうな。

・終盤のカレンとの再会は、全てを理解している妹が名残惜しみながらも兄の幸せのために送り出すみたいなベタに泣けるのが見たかったんだけど、カオルもまた少年の姿と時代に戻って妹と再開する形を取っていた。結局カオルが本当に取り戻したかったのは妹そのものではなく妹と過ごした時空間そのものだったということか。その意味ではあの先をどれだけ進み続けようとカレンそのものは取り戻せなかったのかもしれない。

・クラスメイトはじめサブキャラたちとの関係の希薄さも気になるところだった。おそらく尺の都合で原作からカットされて二人の関係性のみに焦点を当てた物語になったのだと推測されるけど。その中で存在感を放ってたのがやっぱりカオルの父親で、短い登場シーンの中で強く印象付けられたのはキャラクターによるところもあるけど小山力也の芝居も大きかった。あの独善的なクズっぷりをよく演じていた。

・正直言うと見終わった後、カオルとあんずは普通に破局しそうだよねと野暮なことも考えていた。歳の差もそうだけど14年と24時間程度じゃ募った想いが全く違うし、そもそもふたりとも1ヶ月くらいしか過ごしてないから互いをそこまで理解してないしと。14年待った男に振られて頭がおかしくなるあんず。なるほどこれが破滅的展開。

・映像的にも好きだった作品で監督はアクダマドライブの田口智久。タッチは全く違うけど相変わらず画作りは丁寧で、二人の出会い、ウラシマトンネルの内部、水族館のシルエットのシーンなど印象に残ったシーンは多かった。夏祭りで人混みに逆らって進むシーンは二人の関係性がよく表れたもので特に良かった。