あるドラマ

今年に入ってまもなく、祖母を亡くした。
祖母は世間一般に言うおばあちゃん像とはかけ離れていて、正直に言えば、やりにくい人だなという印象が強かった。
それでも、僕のことをよく想っていてくれたことを考えると、やはり悲しみを覚えた。
と同時に、気になったのが遺産のことだった。
彼女が生前あまり愛されてなかった理由として、その性格のきつさもそうだが、あまりに金に対して貪欲で、また非常に利己的だったからというのも大きい。それは幼少の極貧時代の反動だと聞いているが、詳しいことはよく知らない。
それだけに彼女の資産の実態は全く知られておらず(もしかすると実子、つまり叔父たちさえ)、いくらくらい持ってるんだろうねえ、などとよく冗談話をしたものだった。
その後いざ祖母が逝き、僕自身もFXを始めたことも相まって、どれほど相続されるのか非常に興味が持たれた。
ところで、なぜ、本来蚊帳の外である僕がここまで興味津々なのかというと、既に父を亡くしているため、つまり代襲相続となるためだ。
そして遺族内で何度か協議が重ねられ、つい先日結果が出て、遠回しに母にいくらくらいなのか尋ねてみたところ、額の意外な大きさに驚いた。
というのも、協議途中に母から伝え聞いていた話によると、その遺産というのが、額も確かに大きいが、一方で多額の負債も抱えていたらしく、実はほとんど出ないということになっていたからだ。
が、母のことだ、僕を戒めようと実際より少ない額としているのかもしれないと邪推し、金銭欲丸出しで、先刻こっそりと関係書類を盗み見た。
結果から言えば、ほぼ母の言うとおりだった。
それはそれで(嬉しくも)少し残念だったのだが、そこにはそれよりももっと気になることが記されていた。
遺産相続者が一覧となっているのだが、僕の名前の下に見知らぬ名前があるのだ。
一体誰なのか。
そんなことを考えている間に、母が帰宅した。しかし、すぐに出かけることが分かり、その間僕はいろいろなこと、いや正確には一つの推測に絞っていろいろなことを考えていた。
おそらく、他の書類にその答えが載っているだろう、と。
そして母が再び出かけた。
再び、すぐに書類を取りだし、何枚かめくってみたところに、こう書いてあった。
「長兄非嫡出子」
ある程度予想はついていた。それでも一瞬衝撃が走った。
姉か妹かは分からない、しかし同じ血の流れる、僕の知らない身内が存在していたのだ。そして今この瞬間もどこかに。
もちろん、もちろん僕が何かを勘違いしているのかもしれない。しかし、他にどう解釈できようか。
祖母の非嫡出子の長兄とでも捉えようか。であれば、分配額が明らかにおかしい。僕ら三兄弟と同等になっているのだ。
このことからして、父の私生児と考えておそらく間違いないだろう。


僕が小学二年生、八歳のときに父は逝った。交通事故だった。
だが、まだ物心ついたかついてないくらいの時期だったため、ほとんど記憶にない。顔は遺影をほとんど毎日のように見てきてたので忘れることもなかったが、声は全く覚えていない。
いろいろなところに旅行に行ったものだが、それもよく覚えていない。
母からいろいろな話を聞いた。良いことも悪いことも大体半分くらいの割合で聞かされてきた。結構幼稚だったらしい。
それでもその良い部分を聞く限り、家族のみならず一族全体を考えた立派な人物だったんだなと尊敬の念のほうがよっぽど強かった。誇りにも思ってきた。
あやや余談になるが、今いないからこそここまで尊敬しているのだろう。厳しい人だったとも聞いている。仮に生きていたら今の腑抜けた僕を否定されて、僕は愛と憎、二律背反的な感情を抱いていたかもしれない。そんな風にも思う。
しかし、こうして尊敬してきたのは事実で、それだけに母以外との子がいたことに非常に困惑した。
母を悲しませたということ以上に非難の情は無い。
ただ、幻影がかすんでいくような、そんな感覚が、侘しい。


母とその顔も知らない姉か妹についても書いたんですが、蛇足みたいになっちゃったので消しました。
母については、この事実とどう向き合ってきたのだろうか、ということが気になりました。
いつか、そのあたりの男性観についてポロッと口にしたのを聞いた覚えがあって、
「男はそういう生き物だからしょうがないんだよ」
と、全てを認めるというよりは、諦観のような調子で言っていたことが印象的です。
母がこの事実を話さなかったことについては、何も思わないわけではないのですが、ただ、それは彼女の自由だと思う気持ちのほうが大きいかな。
その姉か妹なる人については、とりあえず幸せであってくれれば。逆に肩身の狭い生活を強いられているのであればそれは悲しいし、父を恨むかな。
会ってみたく、また、もっと確実なことを知りたい気持ちもあるけど、多分いつか母の口から語られるときが来るのだと思う。僕はそれを待つだけ。